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kionachiの日記

中野でコミックやラノベの装丁やテキスト仕事や社長などをしている木緒なちの日記です。

継続と慣れ

 毎年この季節になると、様々な方向から就職についての問い合わせや相談が来るようになる。僕はKOMEWORKSという会社の代表をしているので、その求人についての話がほとんどなのだけど、中には僕の仕事そのものや、人生観について質問が来ることもある。

 これまであまり真面目に生きてこなかったので、他人に人生など語れるような立場にはないのだけれど、それでもあえて、これから就職しようという人にアドバイスできることがあるとすれば、『継続して働いた方がいい』ということぐらいだろうか。

 僕はこれまでの人生で2回、学校にも行かず働かずの時期を経験している。最初は大学を卒業し、上京するまで実家で過ごした2ヶ月間で、次は最初の就職先を辞め、引っ越してから再就職するまでの2ヶ月間である。

 その時にやっていたのはネットとゲームだった。脳が溶けるほど、という言葉がこれ程似合う時期もなかった。朝起きてメシを食ってその後は夜までネットとゲーム。外にもほとんど出ず、ずっとそればかりやっていた。ネットはチャットルームにずっと張り付いて見ず知らずの誰かと延々と喋っていた。ネカマにもなった。自分で設定を作ってその人格になりきったりもした。ゲームはガンパレード・マーチだった。その頃は一人暮らしをしていたので、昼は出前、夜食はコンビニで支払はカード、あまりにガンパレばかりやりすぎて△ボタンで日常の時間が止まると錯覚するところまで来た。見事な廃人だった。

 僕はこういう、完全にハマッた状態になると自分では抜け出せなくなる。何かが強制的に終わらない限り、延々と何かをし続けるのだ。人生で2回に渡り送った廃人生活にピリオドを打ってくれたのは、定住していたチャットルームの閉鎖と、ガンパレのSランククリア&バグ技含めのコンプリートだった。終わった時は呆然として何も考えられなかった。フラフラと外に出て、コンビニでジュースを買って、駐車場でそれを飲みながら、「ああ、そろそろ働かないとな」と思った。継続と慣れは恐い。最初は後ろめたかった生活も、一週間、二週間と時間が過ぎるごとに感覚が麻痺し、何とも思わなくなっていた。

 動くことは面倒だし、働くことはつらいけど、それでも継続していれば慣れてくるし楽しさも浮かび上がってくる。そして仕事は継続さえしていれば、次々と何かに繋がっていく。仕事をするというのは人と会い、外に出ることだからだ。この繋がりが実感できるようになったあたりから、自分のやり方なり方向性なりを見つけられるようになって、転職や起業に繋がっていく。ぼんやりとした意識でこの流れを止めてしまうと、そこから何かがにじみ出して、ダメになる停滞感に囚われることとなる。休息は必要だけれど、意識をせず、期間を決めておかないと、ここから一気に坂道を転げ落ちる。

 娯楽が多様化し、価格が下がって、ダメになるための方法は昔より格段に多くなった。強制的に終わらせてくれた僕の時の娯楽とは違い、終わらせてくれない娯楽も増えた。そんな中でこれから戦う人たちは本当に大変なのだと思う。僕らの頃の氷河期なんて、今からすれば大したことはなかった。思い通りの仕事に就くことも難しいとは思うのだけれど、なんとか継続さえしていれば巡り巡って希望の仕事に辿り着くこともあるので、なんとか絶望せず、最初のきっかけを掴んで欲しいと思う。

 社長という立場になってそう良いこともないなと思っていたけれど、そのきっかけを少数ながら人に与えられるようになったことだけは、良かったと思っている。

別れ話喫茶

 今日、あるウェブサービスの担当の方とメールをやり取りしていて、その打ち合わせ内容とは一切関係の無い所で下らないネタを思いついたのでそのメモを書き留めておく。

 いわゆる◎◎喫茶の派生で、別れ話喫茶というのを作れないだろうか。客はお目当ての相手(店員)を選んで席に着く。最初は和やかに話をしているが、やがて意を決したように客は別れ話を相手に始める。相手は当初、何言い出すのと誤魔化すが、次第に事の重大さに気づいて慌て始める。客は涙ながらに悲しみの別れを演出してもいいし、相手がどんなに縋ろうとも冷たく振り払ってもいい。で、最後は悲しみに暮れる相手を残し、『ここは払っておくから……それじゃ』と伝票を手に一人出ていく。

 あなたも気持ち良く振る側に回りませんか、というのがコンセプトなのだけど、どう考えてもニッチ商売な上に店員側の演技力が相当高くないと楽しめないので、どこかのカフェで1回だけの企画としてやりませんか。僕は隅の席で状況を楽しみたい。

今日はまたポトフを作った

 ティファールの圧力鍋を買って以降、何かというとポトフを作っている。

 僕の作るのはかなり『なんちゃって』ポトフで、どちらかというとカレーやホワイトシチューの具材に近い。ニンジン、じゃがいも、タマネギ、鶏肉、キャベツ、ブロッコリー、あとブロックベーコンを大きめにゴロゴロ切って鍋に詰めて煮るだけである。陸上自衛隊の動画に出てきそうな、料理というよりも作業に近い内容だ。

 でもこれがとても旨い。野菜・肉を切って突っ込んで煮てで約1時間で食べられる内容にしては労力以上の旨さだと思う。調味料も塩とコンソメぐらいで、材料費も少ない。しっかり食べられる割には野菜も摂れていい。そして何より、冬の時期には最高に暖まる料理の一つでもある。

 最近は男でも料理ぐらい誰だってするだろうとか思っていたのだけど、周囲に聞いてみると意外に料理をしないという人がいる。料理なんてお湯を沸かしてカップ麺に入れるだけ、みたいいなレベルの人も多い。プライベートに時間を割けずに仕方なく、という人がいるのももちろん理解できるのだけど、なんとももったいない話だと思う。

 料理は準備と行動、そして結果と報酬が全部リンクしていて、効率重視でもクオリティ重視でも、ちゃんと総得点に反映されるのがとても楽しい。これは仕事好きな人に向いている趣味なのかなと思う。発想を形にするためには、きちんとした基礎知識がないとダメ、というあたりもクリエイティブの仕事と似ている。

 生活がキツい時にモヤシでどうにか食いつなぐ、という経験ができるのも料理を知っていればこその話だし、経済的にキツい時に自炊ができるかどうかで食事が楽しくなるかどうかはすごく変わる。最低限、焼く、炒める、煮る、ができるだけでもすごく便利になるので、これまで何もやってこなかったという人も、ホンのさわりだけでもいいので、料理に触れるといいと思う。

 ちなみに冒頭で書いた圧力鍋、これも調理時間を大幅に削減するとてもいいアイテムなので、煮物を作り始めた人などはぜひ試してみるといいと思う。僕が買ったのはティファールのクリプソメイユールという種類だけど、別に銘柄で死ぬほど差が出るものでもないと思う(たぶん)ので、予算に応じて買ってみて、ポトフや角煮を作って感動するといい。いや、ホントにいいので。

数字の話

 もう十年近く美少女ゲームの制作に関わっている。とかくこの世は数字とばかりに、何かにつけて数字が襲い掛かってくる業界で、納期、コスト、容量、どれをとっても切実であり、何一つとしておろそかに出来る物はない。まーええがな適当で、とやったところからボロが出て、必ずそれは結果としてにじみ出てくる。

 その結果として出る数字が販売本数である。プロデューサーなりディレクターなりになったことがあると、この数字を見るたびに脂汗をかき動悸が激しくなり頭を掻きむしって何かに逃避することになる。僕は昔ドクターマリオをひたすら一人プレイすることで逃避していたのだけど、そのせいで今はドクターマリオが怖くなって還暦まで封印することに決めた。23年後の誕生日にプレイするつもりで、それはそれで楽しみだ。

 話が逸れた。数字の話だ。

 数字というのは曖昧な捉え方を許さず、それそのものが示す内容を容赦なく突きつけてくる。だからこそ信用性もあるのだけど、わかりやすさ故に誹謗中傷のネタにもなりやすい。『今、中年の奴wwwwww』だと対象が曖昧で逃げられてしまうところを、『1976年生まれの奴wwwwww』とか書かれると一気に対象を絞られてギリギリする。僕なども頭の良くない部類なので、具体的な数字を示したゴシップにはついつい目が行ってしまう。

 逆に捉えると、人の興味を惹くためには、具体的な数字を出せばいいということになる。その数字から類推される事柄が広く一致していればそれはニュースになりやすく、話題になりやすい。

 一昨年に作った『はるまで、くるる。』という美少女ゲームがある。制作の経緯は省略するけど、正直言って結構過酷な状況下で作ったゲームだった。しかし、シナリオの渡辺さんを始めとして、スタッフの尽力によって深く愛されるゲームにはなったと思う。実際、プレイ後の評価は概ね好評だった。

 しかし、悲しいかなこれは売れなかった。いわゆる作品性重視と言われる系統のゲームにありがちな例だが、見事に売れなかった。その総本数があまりに悲しい数字だったので、僕はビジュアルファンブックのインタビューでその具体的な数字を言った。それはそのまま本に載り、情報として拡散した。

 そうしたら、これがニュースになった。もちろん、そこまで大きなものではないけれど、少なくともこのゲームの他の話題ではピクリとも動かなかったサイトまでもがこの話題には乗ってきた。ゲームの販売本数というのはあまり語られることが無く、こういう形で表に出ること自体が珍しかったというのもあるのだろうけど、やはり明確に答えは出た。

 これがただ単に『売れなかった』『赤字が出た』『借金を背負った』だけでは、こうも話題にはならなかっただろう。なぜなら、それらのことはゲーム制作者は決まり文句のように日頃から口にしているネタであり、今更新鮮味に欠けるからである。そこに販売本数という、卸値で掛け算をすると明確な金額の出てくる数字が入ったことにより、一気に情報はわかりやすくなった。話題にもしやすくなり、今度はその金額で何ができるのか、負債は背負うのかという話にまで広がっていった。

 結果的にこの話題はさして非難されることもなく、えろげってお金厳しいんだね、という話にまとまっていたのでホッとしたけれど、僕は内心とてもビビっていた。

 情報がストレートになり、面白がる人が多くなればなるほど、攻撃を受ける危険性が増える。ニュースになり、拡散されるというのはそういうことだ。解釈がバラけない数字を扱うには、もっと覚悟と慎重さをもって向かわなければならない。怖さを思い知って、僕はこれ以降、具体的な数字を出すことに二の足を踏むようになった。

 数字はよく切れる刃物であり、扱い方を誤ると自他を問わず人を傷つけてしまう。気をつけなければいけない。僕は毎朝乗る体重計の数字に心を打ち砕かれながら、日々その思いを新たにしている。

ジョロキアソース

 近所にあるカレーのチェーン店では、すごく辛い後入れ方式のスパイスソース、ジョロキアソースが常備されている。僕は程々に辛い物好きな所があるのでこれをいつも頼むのだけど、あまりに辛すぎて一さじ入れるのが精一杯で、全部入れるようなことはまずありえない。

 ところが今日、ついにジョロキアソースを全投入してしまった。どういう気持ちの変化があったのかはわからないが、仕事周りが微妙に停滞していて、何かカンフル剤が欲しかったのか、はたまた別のことを考えていてソースにまで気が回らなかったのか、ともかく何か変化が欲しかったのかもしれない。

 いつも食べているキーマカレーは、美味しそうな焦茶色をしているのに対し、ジョロキア全部入りのキーマは完全な赤だ。しかも黒味を帯びていて、邪悪な雰囲気を出している。ドラクエなら間違い無くダメージ床だ。

 なかなかに食べる側の意欲を削ぐ風体だが、とにかく食べてみることにする。辛い辛いと言っても、チェーン店で出ているカレーだ。まさか食えないことは無いだろう。今や10店舗を超えるチェーン展開をしている店だ。程々の冒険心を満たしてくれる程度に、このソースは作られているに違いない。様々な言い訳と共に、一さじすくってライスに投入し、口に運ぶ。

 

 いくらチェーン店とはいえ、『要注意』とか物騒な言葉の書かれているものを、安易に全部がけするのは良くないと知った。半分も残してカレー屋を出るなんて病気の時以来だ。日々、様々な勉強をして人は成長していくけれど、僕は37才の今日、ジョロキアソースは本当に辛い、ということを知った。外の風が心地よかった。

 

 

 僕の好きなデザイナーさんが『日記を書こう』というエントリーを上げていて、その内容がとても頷けるものだったので、ひとまずやってみようと、立ち上げました。テーマとしては、こういう日々の学びを中心に書いて行こうと思います。