kionachiの日記

中野でコミックやラノベの装丁やテキスト仕事や社長などをしている木緒なちの日記です。

数字の話

 もう十年近く美少女ゲームの制作に関わっている。とかくこの世は数字とばかりに、何かにつけて数字が襲い掛かってくる業界で、納期、コスト、容量、どれをとっても切実であり、何一つとしておろそかに出来る物はない。まーええがな適当で、とやったところからボロが出て、必ずそれは結果としてにじみ出てくる。

 その結果として出る数字が販売本数である。プロデューサーなりディレクターなりになったことがあると、この数字を見るたびに脂汗をかき動悸が激しくなり頭を掻きむしって何かに逃避することになる。僕は昔ドクターマリオをひたすら一人プレイすることで逃避していたのだけど、そのせいで今はドクターマリオが怖くなって還暦まで封印することに決めた。23年後の誕生日にプレイするつもりで、それはそれで楽しみだ。

 話が逸れた。数字の話だ。

 数字というのは曖昧な捉え方を許さず、それそのものが示す内容を容赦なく突きつけてくる。だからこそ信用性もあるのだけど、わかりやすさ故に誹謗中傷のネタにもなりやすい。『今、中年の奴wwwwww』だと対象が曖昧で逃げられてしまうところを、『1976年生まれの奴wwwwww』とか書かれると一気に対象を絞られてギリギリする。僕なども頭の良くない部類なので、具体的な数字を示したゴシップにはついつい目が行ってしまう。

 逆に捉えると、人の興味を惹くためには、具体的な数字を出せばいいということになる。その数字から類推される事柄が広く一致していればそれはニュースになりやすく、話題になりやすい。

 一昨年に作った『はるまで、くるる。』という美少女ゲームがある。制作の経緯は省略するけど、正直言って結構過酷な状況下で作ったゲームだった。しかし、シナリオの渡辺さんを始めとして、スタッフの尽力によって深く愛されるゲームにはなったと思う。実際、プレイ後の評価は概ね好評だった。

 しかし、悲しいかなこれは売れなかった。いわゆる作品性重視と言われる系統のゲームにありがちな例だが、見事に売れなかった。その総本数があまりに悲しい数字だったので、僕はビジュアルファンブックのインタビューでその具体的な数字を言った。それはそのまま本に載り、情報として拡散した。

 そうしたら、これがニュースになった。もちろん、そこまで大きなものではないけれど、少なくともこのゲームの他の話題ではピクリとも動かなかったサイトまでもがこの話題には乗ってきた。ゲームの販売本数というのはあまり語られることが無く、こういう形で表に出ること自体が珍しかったというのもあるのだろうけど、やはり明確に答えは出た。

 これがただ単に『売れなかった』『赤字が出た』『借金を背負った』だけでは、こうも話題にはならなかっただろう。なぜなら、それらのことはゲーム制作者は決まり文句のように日頃から口にしているネタであり、今更新鮮味に欠けるからである。そこに販売本数という、卸値で掛け算をすると明確な金額の出てくる数字が入ったことにより、一気に情報はわかりやすくなった。話題にもしやすくなり、今度はその金額で何ができるのか、負債は背負うのかという話にまで広がっていった。

 結果的にこの話題はさして非難されることもなく、えろげってお金厳しいんだね、という話にまとまっていたのでホッとしたけれど、僕は内心とてもビビっていた。

 情報がストレートになり、面白がる人が多くなればなるほど、攻撃を受ける危険性が増える。ニュースになり、拡散されるというのはそういうことだ。解釈がバラけない数字を扱うには、もっと覚悟と慎重さをもって向かわなければならない。怖さを思い知って、僕はこれ以降、具体的な数字を出すことに二の足を踏むようになった。

 数字はよく切れる刃物であり、扱い方を誤ると自他を問わず人を傷つけてしまう。気をつけなければいけない。僕は毎朝乗る体重計の数字に心を打ち砕かれながら、日々その思いを新たにしている。