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kionachiの日記

中野でコミックやラノベの装丁やテキスト仕事や社長などをしている木緒なちの日記です。

父は魚と会話していたらしい

 ここ数年で法事と訃報が相次いだこともあって、盆と正月以外にも帰省することが多くなっている。あまり人も呼ばず、お寺さん(これも関西特有の言い方なのか)を呼んで、みんなでご飯を食べて夜には解散というシンプルなスタイルなので、格式張った田舎の冠婚葬祭が苦手な自分にはとてもありがたい。

 で、親族が集まると決まって昔話になるのだが、自分もまったく知らなかった故人の逸話が次々と飛び出してきてとても面白かった。旧電電公社出身の祖父母がモールス信号のやりとりで食事の約束をしていたとか、退職後アマ無線を趣味にしていた祖父が海外に向けて打っていたモールスの内容(激速)に、理解できる祖母だけが「またお父さんそんなん言うて」と笑ってて他の家族がポカーンとか、ちょっと中二テイストもあって楽しかった。

 そして今回の帰省で明らかになったのは、自分の父親はもしかしたらC.W.ニコル並みに自然と対話する人間だったのではないか、という話だった。

 父は九州の田舎、それもかなり端の方の出身で、両親を早く亡くしていたこともあり貧困生活が長かった。そのため、高校生になると近くの海に素潜りをして、モリで魚介を突いて食べていたらしいのだけど、そのサブエピソードがもうなんかすごかった。

 なんでも、その頃行っていた海には『師匠』がいて、その師匠の所に何年も通ってやっと教えて貰った極意があり、それは海の中で水を飲むか吐き出すかして作る『音波』のようなもので魚を呼び込み、大物を仕留めるという内容だった。あまりに荒唐無稽すぎて、その話だけでは信じられなかったのだけど、子供の頃からキャンプに付いていく度、「ちょっと潜ってくるわ」でしっかりと獲物を捕ってきていた父の姿を見ているだけに、ひょっとしたら、の思いの方が勝ってしまう。

 ちなみに、その技は一子相伝で、父曰く師匠は自分以外の誰にも伝えてはいなかったそうだ。父の親友だった人も、ついに最後まで教えて貰えなかったらしい。父は亡くなって17年になるのだけど、僕を含め子供には誰も伝えることはなかったので、この技はもうどこにも残っていない。本当にそんな技があったのだとしたら、なんとも惜しい話だ。

 ただ、仮に伝授されていたとしても、今の自分には使う機会が無さそうなので、きっと持て余していただろうなとも思う。そもそも、自分はあまり海に興味を示さなかったので、父としても無理に教えてもなあ、という思いがあったのかもしれない。(この辺のドライさ加減は似てるなあと最近になってよく思う)

 あと、ここまで書いておいてなんだけど、C.W.ニコルは山の人なので、海で言うのならば別のたとえを出すべきだったと反省している。海で魚と会話する有名人って誰だろう、ラッセンとかさかなクンさんか……。